小説の読み方 感想が語れる着眼点

作者:平野啓一郎
出版社:PHP研究所
発売日:2009/3/30
評価:★★★★

小説の読み方~感想が語れる着眼点~ (PHP新書)

小説の読み方~感想が語れる着眼点~ (PHP新書)

今週3冊目。

速読できないことにコンプレックスを持つ必要などまったくないし、じっくり読むからこそ、本はたくさんのことを私たちに語りかけてくれるのだという考えには、今も変わりが無い。(中略)速読すべき本とスロー・リーディングすべき本とは分けて考えればいいのでは、という尤もな提案もあった。そうした意見に耳を傾けて、続編である本書では、基本的に「小説の読み方」について考え、、また、多くの人が、ブログで読書後の感想を書き、意見交換をしている昨今の状況を鑑み、「語る」上で役に立つような、「そもそも論」的な視点が紹介できればと、内容を工夫してみたつもりだ。 〜あとがきより


いきなりあとがきから引用させて頂いたが、僕自身も、速読とスロー・リーディングは分けて考えるのが妥当だろうと思っている。小説の面白さはプロットと節・単語表現の独自性であって、速読してしまうと小説を読む意味がなくなってしまうし、なにより面白くない。しかし純粋にストーリーだけを追ってしまうと、どうしても頭に残らないという問題がある。
本書はそういった問題を、4つの視点から分析するという手法によって、解消してくれる。その切り口というのが、メカニズム・発達・進化・機能の4点であり、以下で簡単に紹介する。

小説を語る4つの視点

カニズム

舞台設定・登場人物の人数・配置と出入り・プロットの展開・文体などに着目し、それぞれの要素に対して"なぜ"を投げかける。

発達

その作家の人生の中で、どういうタイミングでその作品が出てきたのかということを考えてみる。ひとりの作家に絞って、そのプロセスを辿っていく。

進化

社会の歴史、文学の歴史の中で、その小説がどんな位置づけにあるかを考えてみること。「発達」が作家個人の歴史だとすれば、「進化」は文学史的なアプローチである。

機能

小説が作者と読者との間で持つ意味。作者の意図と、読者の受け止め方の関係。
現代社会の複雑さを映し出す。人間の暗黒面を追及する。いずれも、その小説が作者、読者双方に向けて持っている機能である。
また、この「機能」を単純化して示したものが、ジャンル分けである。


本書の真髄は、この4つの切り分けである。
そもそも、小説の感想を語るための本などというものは、今まであまり注目されていなかったように思う。しかし、ブログが普及してきたことによって、このような見たこともないフレームが生まれたのである。現に、ブログと本書の関係は、先ほどのあとがきでも触れられている。


そして、この視点の有効性は、小説だけにとどまらない。映画・音楽・美術など、"おもしろい"・"感動した"というような通り一遍の感想で終わってしまいがちな芸術分野の全ての対象を、この4つ視点で考えることが出来る。またこの考え方を使えば、恋空だって重厚な文学作品のようになってしまう。

音信不通の状態から美嘉とヒロがひたすら往復し続けるのは、<メール><電話><対面><ボディコンタクト>という4段階のコミュニケーションだ。(中略)ケータイは、二人を間断なく接続し続けているが、使用すればするほど、誤解も増やしてしまう両義的な道具として機能している。


Excellent!!

プロットと、期待と、裏切り

上に述べた4つのポイント以外にも小説を読むための着眼点がいくつか語られている。

  • プロットとは、空間的にも時間的にもバラバラな出来事を整理し、目の前に差し出された一つの小説が、一体、何であるのかを理解していく手順だ。
  • 読者は、プロットの<大きな矢印>にそって読み進めていくわけだが、何故そう導かれるのだろうと考えてみることには意味がある。それは、「こっちに来なさい」、「はい」というよりも、もう一歩踏み込んだ、積極的な読書態度だ。

「プロット」とは「話の筋」であり、小説の終わりへ向かう大きな矢印だと考えることが出来る。そしてその大きな矢印は、時間・場所・登場人物といった小さな矢印の集合体である。ストーリーを追うだけではなく、この矢印を意識しながら小説を読み進めることによって、先の展開を予想したり、着眼ポイントを見つけることが出来るようになる。
また、先の展開を予想するということは、同時に予測が裏切られた時の、小説特有の面白味を生み出すことにもつながる。面白い小説に必要な要素というのは、期待感が持続することであり、しかもその予測は適度に裏切られなければならない。

愛し方に役立てる


"発達"と"進化"という視点に立つと、1冊の小説から無限に世界が広がっていく。
小説の中で一つの物語が完結しているように見えても、実際にはその小説の裏には社会的背景、作者の経歴、過去の作品など、膨大な知識が広がっているのだ。それら一つ一つに注意深く目を向けて情報を取り込むことによって、1回の読書体験の重みが大きく変化する。

小説というものが、どういう風にして動いていて、どういう発展を遂げてきて、ひとりの作家の作品がどういう風に成長していくのか。またそれが、私たちにどんな影響を持つのか。そうしたことについては、私たちにも語る術があり、知ることでなるほどと、その愛し方が変わるところもある。

小説を愛するということは、その小説を包含する世界を知ろうとすることであって、人間関係にも似ている。誰かと良い関係を築きたいと思ったら、その人が生きている世界に足を踏み入れてみるのが一番だ。

比喩と記号の力

  • 得体の知れない、白い丸いものについて語られたとしても、誰もそれをイメージできない。しかしそれが、「卵のようだった」と言われれば、既に知っている卵というものと擬似的に同一視しながら、その丸い物体をイメージし、情報として受け止める場所を自分の中に開くことが出来る。
  • 「?」が「疑問」を意味し、、「↓」が進行方向を意味しているように、、「ロールスロイス」は、それに乗ることができる人が、どういう職業についていて、どれくらいの社会的な地位にあり、どういった経済状態にあるのかを、私たちに教えてくれる。


天才的な比喩表現というのは先天的な才能に依存していて、努力しても村上春樹のような比喩を使うことはできないと思っている。村上春樹を引き合いに出したのは、僕があまり多くの小説を読んできておらず、比喩表現の上手い作者を良く知らないからなのだが、彼は本当に綺麗な比喩を使って文章を書く人だと思う。
そして本書では、芥川賞作家である綿矢りささんの「蹴りたい背中」が紹介されている。

仲間という言葉はわさびみたいに鼻にツンときた。ツンを吹き出すように、鼻を鳴らして笑った。

こんな文章は一生かかっても自分には書けない。本当に尊敬する。2歳しか年が変わらない人が芥川賞をとっているとか、ヤバイ。調べてみたら、彼女は村上春樹太宰治・スティーブン=キングといった作家が好きらしい。影響を受けていたりするのだろうか。

あとがき

せっかく小説の読み方の本を読んだのだから、小説が読みたい。でも小説の知識が全然無い。とりあえず今流行りの1Q84読みたい。